愛ということ
1月 25th, 2012 | Posted by in 日記帳愛を貫くということ。それはどれほどのものだろう。
「YouTube」に投稿された1つの動画を見て、
そのようなことをふと考えてしまった。
動画の主人公は、タイでテレビディレクターを務める男性、
チャディル・デフィさん。
彼は1月3日、結婚を約束していた恋人を突然事故で失った。
大学時代にサリンヤ・カムサックさんという最愛の女性と出会い、
10年の交際を経て愛を育んだ。
結婚の約束もしていたというが、
デフィさんの仕事が多忙を極めたことにより、
彼の都合で結婚を先延ばしにしていたという。
いずれは必ず結ばれるはずだった2人。
しかし、今年1月3日に起きた交通事故で、
カップルは永遠に引き裂かれることになった。
事故の翌日、Face bookで彼女への愛にあふれたメッセージを書き込んだ。
それによると、スリン県の寺で行われる葬儀で彼女との結婚式も行う旨をつづり、
友人たちを招待したのだそうだ。
友人たちからは「少し変わっている」と評されるデフィさんのこの行動に、
招待された友人らは驚いたそうだ。
サリンヤさんの葬儀が行われた1月9日、
デフィさんは黒のタキシードにシルクハット、
蝶ネクタイという格好で寺に現れた。
生気が無く、横たわった彼女の体に純白のウェディングドレスをまとわせ、
親族や知人が見守る中結婚式を執り行った。
動画では、病院で治療を受ける彼女の痛々しい写真もあるが、
それまでは生前に撮った彼女の写真と結婚式の様子が紹介されている。
結婚式では彼女の左手薬指に指輪をはめ、手や額にキスをするデフィさん。
この動画は、タイ国内でも大きな話題となっており、
YoTube上でも再生回数64万回を突破している。
愛を貫いている、感動をもらった。
そういった意見もあるが、一方で彼の行動を理解できないという意見も少なくない。
ただ、私は1つの愛の形だと思うのだ。
それが良いのか悪いのか、それは当人たちにしかわからないし
他人がどうこう言うべきことでもない。
葬儀は死んだ人のためだけでなく、生きている人たちのためにも行う儀式。
結婚式は愛する2人のための儀式。
他人が入る余地はない。いろんな意見があって然り。それで良いと思う。
愛する人がいる人たちにとって、
きっと何かを考えさせられる動画なのではないだろうか。
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